北上川の清流を守り続けた旧松尾鉱山新中和処理施設
40年を記念し環境新時代を考えるシンポジウムを開催
JOGMECは2022年9月13日、岩手県盛岡市で、「北上川から、環境新時代を考える~明るい未来へとつながる、SDGs・カーボンニュートラルの時代へ~」と題したシンポジウムを開催しました。これは、JOGMECが1982年から運営管理を担ってきた旧松尾鉱山新中和処理施設が、2022年に運転開始からちょうど40周年の節目を迎えたのを記念して主催したものです。今回は、旧松尾鉱山新中和処理施設の歴史と同施設が果たしてきた役割を振り返るとともに、40周年記念シンポジウムの概要を紹介しましょう。
岩手県と宮城県を流れる全長249キロメートルの北上川の上流、八幡平の中腹に位置する旧松尾鉱山。明治から昭和にかけて日本の経済発展を支えた鉱山で、かつては東洋一の硫黄鉱山と呼ばれていました。
一方で、旧松尾鉱山から流出する強酸性の坑廃水が北上川の支流の1つである赤川を通じて北上川に大量に流れ込み、深刻な社会問題を引き起こしました。
そうした事態を受け、1981年、有害な重金属を含む強酸性の坑廃水を中和処理するための新たな施設が旧松尾鉱山に建設されました。そして1982年4月から、坑廃水処理の事業主体である岩手県から委託を受け、この新中和処理施設の運営管理を任されたのがJOGMECです。
1974年当時の北上川と松川の合流地点
旧松尾鉱山新中和処理施設の坑廃水の処理量は毎分18立方メートル、年間では、東京ドーム7.3杯分に匹敵する約900万立方メートルにもおよびます。これは、日本の中和処理施設の中で最も多い処理量です。水質についてもpH2.3という強酸性水。万一事故が発生し、坑廃水処理がストップすれば、北上川流域に住む約100万人の住民に悪影響が出ます。その想定被害額は約500億円とも言われているほどです。
旧松尾鉱山新中和処理施設から望む岩手山
JOGMECが40年間にわたり、24時間365日、1日も休むことなく、無事故で運営してきた旧松尾鉱山新中和処理施設
そして2022年9月13日、旧松尾鉱山新中和処理施設の運転開始から40周年の節目を迎えたのを記念し、「北上川から、環境新時代を考える~明るい未来へとつながる、SDGs・カーボンニュートラルの時代へ~」と題したシンポジウムを開催しました。
資源開発と環境保護の両立の重要性を再認識した40周年記念シンポジウム
写真左から JOGMEC 細野理事長、 女優・創作あーちすと のん、 岩手県 八重樫副知事、日本鉱業協会 納会長
近年、SDGs・カーボンニュートラルが世界規模で課題となっている中、レアメタルを中心とする金属資源の重要性が高まっています。それに伴い、世界各国で鉱山開発が活発化しています。それに対し、JOGMECでは、旧松尾鉱山新中和処理施設での経験を生かし、国内外で鉱害防止に関する技術支援を行ったり、海外における環境に配慮した鉱山開発の促進に尽力しています。
そこで、同シンポジウムでは、旧松尾鉱山新中和処理施設での鉱害防止事業を振り返り、「資源開発」と「自然環境保護」の両立の重要性を再確認するとともに、SDGs・カーボンニュートラルに向けた今後の環境新時代の在り方を大きなテーマに据えました。
当日、3名による基調講演と、パネリスト6名によるパネルディスカッションの2部構成で行われ、会場には約200人が参集したほか、オンラインでも多くの参加者が視聴しました。
JOGMEC 細野理事長
まず、JOGMEC 細野 哲弘 理事長が開催の挨拶をしたのち、第一部の基調講演では、最初に、八重樫 幸治 岩手県副知事が登壇。『旧松尾鉱山の鉱害防止事業について ~北上川清流化へのあゆみ~』と題して、坑廃水によって汚染され、赤褐色に濁った北上川が清流を取り戻すまでを振り返りました。
次に、2007年1月から2010年3月まで松尾管理事務所長として現地に赴任し、北上川の清流化に努めたJOGMECの廣川 満哉 特別参与が登壇。『山と川、地球を守るということ -我が国の金属鉱山とその環境保全の取り組み-』と題して、日本における金属資源開発の歴史および旧松尾鉱山の歴史を振り返りました。そして、旧松尾鉱山での鉱害防止事業を通して培ったノウハウを、国内だけでなく、世界の鉱害防止や環境保全に生かすことの重要性を強調しました。
そして、第一部の最後に、環境分野における汚染物質の分離・除去の研究を専門とする早稲田大学理工学術院の所 千晴 教授が登壇。『SDGs、カーボンニュートラルから見る「水」の問題 -SDGsを踏まえた将来の鉱害防止事業の在り方-』と題した講演を行いました。所教授は、SDGs、カーボンニュートラルの実現に向け、再生可能エネルギーや電気自動車を普及させるには、レアメタルなどの金属資源が不可欠である一方で、金属資源開発は必ず環境負荷を伴うものであることを強調。CO2排出量削減だけに注目するのではなく、17の開発目標が密接につながっているSDGsを基に、多面的に見ながらバランスよく環境負荷を減らしていくための最適解を見つけ出していくことが重要であると訴えました。
写真左から 岩手県 八重樫副知事、JOGMEC 廣川特別参与、早稲田大学 所教授
第二部のパネルディスカッションには、2020年ジャパンSDGsアクション推進協議会のSDGs People第1号に選出された、女優で「創作あーちすと」のんさんを特別ゲストに迎え、岩手県環境生活部 竹田 秀一 主任主査、早稲田大学 所 千晴 教授、岩手県立大学 辻 盛生 教授、一般社団法人いわて流域ネットワーキング 内田 尚宏 代表理事、日本鉱業協会 矢島 敬雅 副会長兼専務理事の合計6名のパネリストが、意見交換を行いました。
パネルディスカッションの様子
環境生態工学を専門分野とする辻教授は、坑廃水による汚染で生態系に甚大な影響が出ていた北上川が、清流化により再びサケが遡上するようになるなど、生態系が劇的に改善されたことを紹介し、環境対策の重要性を強調しました。
竹田氏および内田氏は、岩手県で1984年から実施している小中学生参加による水生生物調査などを通じて、水環境に対する保全意識を高めることや、環境学習の大切さを紹介しました。一方、矢島氏は、カーボンニュートラルに向け、世界各国でレアメタルの奪い合いが激化している中、環境に配慮した資源開発に加え、リサイクルの大切さを訴えました。
さらに、所教授も、環境に対する正しい情報を皆が共有しつつ、各人がSDGsを目指すことが重要であるとしました。それに対し、のんさんは、環境学習を通して知識を高めることで共感力が養われ、それにより、未来を良い方向に変えていくことができると実感したとの感想が寄せられました。
このように、さまざまな専門家が集まり、活発な議論が行われた当シンポジウム。世界が一丸となって目指すカーボンニュートラル社会における金属資源の重要性、そして環境を守ることの重要性を、登壇者だけでなく参加者、視聴者とも共有し閉幕しました。
JOGMECでは、今後も旧松尾鉱山新中和処理施設での鉱害防止事業を強い使命感をもって継続していくとともに、同事業を通じて培ってきたノウハウや技術を環境新時代およびカーボンニュートラルの実現に生かしていきます。