ただの水素と何が違う? 今話題の「天然水素」についてそのポテンシャルから課題まで詳しく解説!
燃やしてもCO2を排出しない水素は、化石燃料に代わる新たなクリーンエネルギー資源として、期待が高まっています。しかし、現時点では製造コストが高いことや供給量が少ないことから、大規模な普及にはまだまだ多くの課題が残っています。
そのような中、自然界に存在する「天然水素」への注目が高まっています。利用できれば、水素が今抱えている課題の解決の糸口となり、水素社会の到来に一歩近づくことができるかもしれません。
そこで今回は、「天然水素」の生成プロセスや注目が集まる理由、資源としての利用に向けた課題など、詳しく解説します。
そもそも水素とは、無色透明の気体で、燃やしてもCO2を発生しないという特徴を持っています。それがクリーンなエネルギーと言われるゆえんです。また、元素の中では最も軽いため飛散しやすく、他の元素と反応しやすいという特徴もあります。反応しやすいため、地球上では水(H2O)やメタン(CH4)をはじめとする化合物の一部として存在しており、単体のH2としてまとまった量が存在するとは考えられていませんでした。そのため、脱炭素への次世代エネルギーとして水素が注目される中、水を電気分解したり、天然ガスを改質して水素を取り出すなど、人工的に製造するとともに、その効率的な製造技術開発が活発に取り組まれています。
しかし近年、水素も石油や天然ガスのように自然界で生成され、水素単体で存在していることがわかってきました。人の手を加えずに自然に生成されることから「天然水素」と呼ばれています。
天然水素の生成プロセスには様々なパターンがあることがわかっています。例えば、かんらん岩など鉄が豊富に含まれている岩石と水が反応するプロセス、花崗岩(かこうがん)など放射性元素を多く含む岩石と水が反応するプロセス、それから有機物から生成されるプロセスなどです。
鉄分を多く含むかんらん岩と水が反応して蛇紋岩(じゃもんがん)になる過程で水素を生み出す「蛇紋岩化作用」は、他の生成プロセスよりも生成スピードが速く、特に注目を集めています。
蛇紋岩
天然水素は、日本を含め、オーストラリアやアメリカ、フランス、スペイン、ブラジルなど世界中で確認されています。
天然水素は水と様々な岩石の反応プロセスにより生成されるため、生物の死骸が堆積して地中で化学変化を起こして生成される石油やガスのように中東などの一部地域に偏在しているのではなく、世界のいろいろなところで発見される可能性があります。
日本では、長野県の白馬村に位置する強アルカリ性の温泉、白馬八方温泉で天然水素が観測されています。この地域はかんらん岩や蛇紋岩が地表に表れているエリアであり、その地下では蛇紋岩化作用によって天然水素が生成されていると考えられており、その水素が温泉水とともにくみ上げられています。
長野県白馬村 唐松岳のすそ野にある八方池 池の周囲には蛇紋岩が広がっている
可能性(1):水素を安く大量に供給できるかもしれない
クリーンなエネルギー資源である水素は、発電(火力発電所での混焼や専焼)や輸送(燃料電池車など)での利用が注目されています。しかし、現在は水素の高い製造コストがひとつのネックとなり、普及が進んでいません。
もし、大量の純度の高い天然水素が自然に地下に溜まっていて、それを容易に取り出すことができれば、水素を安価かつ大量に供給できるかもしれません。そうなれば、水素の普及にもつながり、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献するでしょう。
可能性(2):これまでの非資源国が資源国になる可能性もある
天然水素は、世界各地で観測されているため、これまでのエネルギー地政学をがらっと変える可能性を秘めています。日本のように、石油や天然ガスの乏しい国でも、自国で新たな天然資源を確保できる未来が訪れるかもしれません。
エネルギー資源として大きな可能性を秘めた天然水素ですが、資源として活用する上では、乗り越えなければならない課題はまだまだあります。
天然水素は、世界各地で確認されていますが、その生成プロセスを解明するための研究がそれぞれのサイトで今まさに進んでいる段階です。また、どのように地中を移動して、どこに、どのような仕組みで溜まっているのかが解明されておらず、どのくらいの量があるのか算出する方法も確立していません。このように、量が不明な状況では天然水素の開発がビジネスとして成立するかの判断ができません。天然水素は人工の水素と比べて低コストに供給できると期待されていますが、実際に経済性が確保できるか正確に計算できないのが現状です。
水素エネルギーのサプライチェーンが構築されていない
天然水素に限らず、人工の水素も含めて水素一般が抱える課題もあります。水素をエネルギー資源として利用するための大規模なサプライチェーン(生産→流通→利用といった一連の流れ)がまだ確立しておらず、世界でも日本でも、その構築に向けた動きが始まったところです。そのため、現状では、たとえ条件の良い天然水素貯留層が発見されたとしても、需要が少ない=買い手が少ないため、すぐに大規模な開発を進めることは難しいでしょう。
日本はエネルギー政策として、2030年までに発電量の1%を水素にするという目標を掲げていますが、供給だけでなく需要も同時に創出することが必要になります。
人工的に製造される水素と違い、製造時にCO2を排出せず、低コストで安定的に供給できる可能性を秘めた天然水素は、カーボンニュートラル達成に向けた新たな一次エネルギーとして注目を集めています。
一方で、海外のベンチャー企業による探鉱活動や大学・研究機関の研究が活発化したのはここ4~5年のこと。天然水素を実際にエネルギーとして活用するには、まだまだわからないこと、クリアすべき課題があります。
それでも、大きな可能性を秘める天然水素の動向に、今後も注目してみてください。